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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)23号 判決 1999年1月26日

大阪府羽曳野市島泉九丁目六番一二号

控訴人

河村良彦

右訴訟代理人弁護士

川村和久

大阪府富田林市若松町西二丁目一六九七番地の一

被控訴人

富田林税務署長 垣尾宏成

右指定代理人

草野功一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

西宮税務署長が平成三年二月一九日付けで控訴人の昭和六二年分所得税についてした更正処分のうち、所得金額二〇六九万五五七〇円を超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原判決の引用、補正

1  当事者双方の主張は、次の二、三のとおり附加する外は、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

2  ただし、原判決一九頁六、七行目の「所得税額二億〇七八八万一九〇〇円、」を「所得税額二億〇七八八万一九〇〇円に」と改める。

二  控訴人の主張

1  信義則違反―当審補充主張

控訴人は、本件確定申告前の昭和六三年三月三日頃、大阪国税局資産税課の武田課長補佐から、本件交換については交換特例の適用が受けられる旨の回答を得ている。さらに、控訴人は、本件確定申告後の昭和六三年一一月九日前後頃にも、西宮税務署から、本件交換については交換特例の適用を承認した旨の回答を得ている。

以上のように、本件では、前後二回にわたり「税務官庁の公的見解の表示」がなされている。ところが、原判決は、「税務官庁の公的見解の表示」がなかったことを理由に、本件処分については信義則の法理を適用する余地はないと判断しており、間違っている。

2  税務調査手続の違法―当審新主張

(一) 本件処分前の調査欠缺の違法

国税通則法二四条は、所得税に関する更正は調査により行うと定めており、調査を全く欠くなど違法性の程度が著しい場合には、更正処分も違法となる。ところが、本件においては、更正処分の前提となる税務調査は全く形式的なものに過ぎず、実質的には全く調査をしないで本件更正処分をしたものと同視される。この点において、本件処分は重大な違法がある。

(二) 本件処分後の調査実施の違法

国税通則法七〇条一項一号は、国税の更正は、その更正に係る国税の法定申告期限から三年以内にしなければならないと定めている。控訴人の昭和六二年分の所得税の法定申告期限は昭和六三年三月一五日であるから、その更正処分を行いうる法定期限は平成三年三月一五日までである。

ところが、西宮税務署長は、平成三年二月一九日付で本件処分をした後、同年四月以降に、本件交換が利益供与であったことの主張を裏付ける証拠を入手している。この事実は、調査により更正処分を行うものとした国税通則法二四条の規定に明らかに反するとともに、更正処分の法定期間を定めた同法七〇条一項の規定を実質的に潜脱するものである。

この点からも、本件処分は違法である。

3  本件差額認定の違法―当審補充主張

本件処分及びこれを是認した原判決は、交換譲渡資産(控訴人が所有していた苦楽園の土地建物)の時価と、交換所得資産(大和地所が所有していた相生町の土地)との差額金(本件差額金)を、三億三八七六万一五七九円と認定している。しかし、苦楽園の土地建物の評価額一億二三八〇万円が低すぎ、相生町の土地の評価額四億六二五六万一五七九円が高すぎる。

4  利益供与認定の違法―当審補充主張

控訴人は、本件交換当時、苦楽園の土地建物と相生町の土地とがほぼ等価であると認識していた。だからこそ、控訴人は、本件交換当時から本件交換の事実を伊藤萬社内でオープンにしたし、確定申告前に交換特例の適用の可否について大阪国税局に相談し、伊藤萬の不動産部長の茨木や、住友銀行人材開発部の大西にも、確定申告の相談をしていたのである。

以上のとおり、控訴人は、本件交換当時、本件交換取引が「経済的に合理的な取引」と認識していた。控訴人は、大和地所から、円満な取引関係の維持ないしは融資の見返りに、本件差額金三億三八七六万一五七九円の利益供与を受けた、などという認識は全くなかった。

三  被控訴人の認否

控訴人の主張1ないし4は否認ないし争う。

理由

第一判断の大要、原判決の引用・補正

一  当裁判所は、大要次のとおり判断する。

1  本件処分が、控訴人主張の一事不再理違反、信義則違反、適正手続違反、理由付記不備の違法、税務調査手続の違法があるものとは認められない。

2  本件交換当時、相生町の土地は大和地所の棚卸資産であり、大和地所の固定資産ではなかった。したがって、本件交換については、所得税法五八条一項所定の交換特例の適用はない。

3  本件交換当時、苦楽園の土地建物の評価額は一億二三八〇万円、相生町の土地の評価額は四億六二五六万一五七九円であった。したがって、交換譲渡資産(苦楽園の土地建物)の時価と交換取得資産(相生町の土地)との差額は、三億三八七六万一五七九円となる。

4  本件差額金三億三八七六万一五七九円は、大和地所が、伊藤萬ないしはイトマングループとの円滑な取引関係の維持を目的として、控訴人に利益供与したものである。したがって、右差額金は控訴人の雑所得に該当する。

5  控訴人の昭和六二年分の総所得金額(右雑所得金額に申告総所得金額二〇六九万五五七〇円を加算したもの)は三億五九四五万七一四九円、分離課税の長期時と所得金額は五四五〇万五二九二円、申告納税額は二億一四二八万三八〇〇円である。したがって、それと同旨の本件更正、過少申告加算税賦課決定は適法である。

二  右判断の理由は、次の第二ないし第六記載のとおり附加する外は、原判決理由記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、次のとおり補正する。

1  原判決三四頁一〇行目の「適用がある旨の回答を得た」を「交換特例についての一般的な説明を受けた」と改める。

2  同三五頁六行目の「将来的に課税処分を約束したり拘束したりする」を「将来の一定の課税処分を約束したり、これに拘束されたりする」と改める。

3  同三六頁四行目文頭から八行目の「そして、」までを削除する。

第二適正手続違法(控訴人の原審主張第二の一5)の検討

一  憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない(最判〔大法廷〕平成四・七・一民集四六巻五号四三七頁、最判〔大法廷〕昭和四七・一一・二二刑集二六巻九号五五四頁参照)。

二  そして、国税通則法二四条、二五条は、税務署長は、「その調査により」、更正、決定を行う旨規定している。この税務調査の違法は、当然に課税処分の違法事由になるものではないが、調査を全く欠く場合や重大な瑕疵がある場合は、特別の事由がない限り課税処分も違法になる。

三  しかし、本件においては、後示第四認定のとおり一定の調査がなされており、これに重大な瑕疵があるとはいえない。したがって、控訴人の適正手続(法定手続)違反の主張は理由がない。

第三信義則違反(控訴人の主張1)の検討

一  課税処分と信義則の適用―一般論

租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理、なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならない。

すなわち、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしても、なお当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ、正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきである。

そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、次の二点の考慮は不可欠のものである(最判昭和六二・一〇・三〇判例時報一二六二号九一頁)。

1  税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったか否か。

2  納税者が税務官庁の右表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて、納税者に責に帰すべき事由がないかどうか。

二  大阪国税局職員の説明と信義則違反の検討

1  事実の認定

証拠(甲三二、甲三四、証人河村憲治)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 伊藤萬取締役で大阪不動産事業本部長の茨木巧ら三名は、昭和六三年三月三日、大阪国税局資産税課の武田課長補佐と面談し、本件交換に関する交換特例の適用の可否について事前相談をした。

(二) その際、茨木らは、相生町の土地が大和地所の固定資産であると説明した。そこで、武田課長補佐は、相生町の土地が固定資産であることを前提として、交換特例についての一般的な説明をした。

2  検討

武田課長補佐は、茨木らの求めによる事前相談の場で、相生町の土地が固定資産であることを前提として、交換特例についての一般的な説明をしたに過ぎない。具体的な課税処分とはかかわりがないものはもとより、当局の公的見解でもない。将来の一定の課税処分を約束したり、それにより拘束されたりするものでもない。したがって、武田課長補佐の前示事前相談の場での一般的な説明をもって、税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したものとは認められない。

しかも、相生町の土地は大和地所の棚卸資産であり、固定資産ではないのだから(前示引用の原判決認定のとおり)、茨木らが説明した前提事実(相生町の土地が大和地所の固定資産であったこと)自体が間違っていた。したがって、武田課長補佐が、茨木らの説明を前提として、本件交換について交換特例の適用があると説明したとしても、それは、ひとえに前提についての誤った説明をした茨木ら(控訴人側)に責任がある。本件については、信義則を適用する余地は全くない。

控訴人の主張1のうち、大阪国税局職員の説明と信義則違反の主張部分は採用できない。

三  西宮税務署職員の告知と信義則違反の検討

1  事実の認定

証拠(甲一ないし九、甲三二〔一部〕、甲三四〔一部〕、乙四の1、2、乙四三、証人小林哲夫、証人河村憲治〔一部〕)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 西宮税務署の小林調査官は、昭和六三年八月末から一一月初めにかけて、本件確定申告の内容、殊に本件交換について交換特例の適用が認められるかについて調査した。

(二) すなわち、小林調査官(西宮税務署資産税第二部門所属)は、昭和六三年八月末伊藤萬本社、大和地所本社に臨場し、控訴人(伊藤萬社長)、茨木(伊藤萬取締役、不動産事業本部長)、青山(大和地所社長)に直接会って、苦楽園の土地建物、相生町の土地の詳細、本件交換の経緯等について説明を受けた。

(三) さらに、小林調査官は、昭和六三年九月から一〇月にかけて、西宮税務署を訪れた茨木から、次のような書類の交付を受け、その書類に基づき説明を受けた。

(1) 大和地所作成の説明書、同補足説明書(甲一、二)。

(2) 大和地所と控訴人間で交わされた確認書、覚書、合意書(甲三ないし五)。

(3) 相生町の地上建物の売買契約書、同建物に関する合意書(乙四の1、2)。大和地所が苦楽園の土地建物を第三者に売却した際の売買契約書(甲九)。

(4) 大和地所が相生町の土地を棚卸資産から固定資産に振り替えた際の振替伝票(甲七、八)。

(5) 相生町の建物の建築確認書、控訴人の資金明細(甲六)。

(四) しかし、控訴人、茨木本部長、青山社長らは、右調査の過程で、小林調査官に対し、次のとおり嘘の説明をしていた。小林調査官も、次の説明が虚偽であることを見破ることができなかった。

(1) 大和地所は、本件交換時より一年以上前から、相生町の土地を棚卸資産として所有していたのに、固定資産として所有していたと嘘の説明をした。

(2) 大和地所は、伊藤萬ないしはイトマングループとの間で、本件交換当時、役員の派遣を受けたり、巨額の融資を受けるなど、親密な関係にあったのに、大和地所と伊藤萬等との間には、それほど取引はないと嘘の説明をした。

(五) そのため、小林調査官は、西宮税務署の別府統括官(小林調査官の上司)と検討した結果、つぎのような間違った結論に達した。

(1) 大和地所は、本件交換時より一年以上前から、相生町の土地を固定資産として所有していた。したがって、相生町の土地は、交換時より一年以上前から固定資産でなければならないという交換特例の要件を充たしている。

(2) 控訴人と大和地所との間には、親子、親族、大株主といった取引上の特別な関係が認められず、本件交換は通常の第三者取引である。したがって、相生町の土地の価額と苦楽園の土地の価額との間には二割以上の開きがあるが、本件交換については、所得税法基本通達五八―一二により、交換特例の適用を受けることができる。

(参考)

イ 所得税法五八条一項

交換特例の対象となる土地は、交換当事者が、交換時より一年以上前から、固定資産として所有していたものでなければならない。

ロ 所得税法五八条二項

交換特例の規定は、交換時における取得資産の価額と譲渡資産の価額との差額が、これらの価額のうちいずれか多い価額の一〇〇分の二〇に相当する金額を超える場には、適用しない。

ハ 所得税法基本通達五八―一二

固定資産の交換があった場合において、交換当事者間において合意されたその資産の価額が、交換をするに至った事情等に照らし合理的に算定されていると認められるものであるときは、その合意された価額が通常の取引価額と異なるときであっても、所得税法五八条の規定の適用上、これらの資産の価額は当該当事者間において合意されたところによるものとする。

(六) 右結論を踏まえ、西宮税務署としても、本件交換が所得税法五八条の交換特例の要件を一応充たしていると認め、調査を打ち切った。そして、昭和六三年一一月九日付で、控訴人の昭和六二年分譲渡取得の是認処理を行った。小林調査官は、調査の過程で、茨木から調査結果を知らせてほしいと頼まれていたので、昭和六三年一一月九日の前後頃、茨木に対し、右是認処理を行ったことを口頭で伝えている。

2  検討

(一) 「公的見解の表示」の検討

小林調査官は、茨木を通じて控訴人に対し、本件確定申告の是認処理を口頭で伝えている。

しかし、税務官庁からの書面による申告是認通知でさえも、何ら法律上の根拠があるものではなく、納税者に対する便宜の供与のための事実上の行為であって、納税者に対し法律上の効果を発生させるような行為ではない。これは、税務官庁がそれまでの調査結果に基づいて、納税者の申告に対する一応の見解を表明するものに過ぎないのである。

ましてや、小林調査官が口頭により本件確定申告の是認処理を事実上伝えたに過ぎないのに、これが納税者の行動の基となり、信頼の対象となる「税務官庁が行った公的見解の表示」であるとはいえない。

(二) 「納税者の責に帰すべき事由」の検討

小林調査官は、控訴人、茨木本部長、青山社長らから嘘の説明を受け、それが虚偽であることを見破ることができなかった。そのため、西宮税務署は、本件交換が交換特例の要件を充たしていないのに、これを充たしているものと認め、控訴人の昭和六二年分譲渡取得の是認処理を行った。小林調査官も、前示のとおりその頃その旨を控訴人側に口頭で伝えている。

このように、本件は、納税者側から嘘の説明を受けたため、税務官庁が一応ではあるが間違った税務処理をしてしまい、その旨を事実上納税者側に口頭で伝えてしまった事例である。したがって、本件は、納税者側の責に帰すべき事由により、税務官庁側が間違った情報を納税者側に伝えた事案であるから、そもそも信義則を適用する余地の全くないものである。

(三) 控訴人の主張1のうち、西宮税務署職員の告知と信義則違反の主張部分も採用できない。

第四税務調査手続の違法の検討

一  本件処分前の調査欠缺(控訴人の主張2(一))の検討

1  事実の認定

証拠(乙一、乙九、乙一二の1、乙四四、証人牛島幸司)によると、次の事実が認められる。

(一) 大阪の北税務署法人税部門の調査担当者は、平成二年、大和地所の税務調査の過程において、本件交換(昭和六二年九月二六日実施)に関して、次の(1)の事実を掴み、次の(2)の資料を入手した。そこで、同担当者は、平成二年一二月初旬、西宮税務署資産税第二部門に、その内容を連絡し資料を送付した。

(1) 事実

イ 相生町の土地は、大和地所が、昭和六一年二月に所有権移転登記を了した直後の同年四月に、不動産業者であるアーバンライフ販売株式会社に対し、希望価額二億八六八二万円余で売却の仲介依頼をしている。このように、相生町の土地は、大和地所が販売用不動産として購入したものであり、大和地所の棚卸資産に当たる。

ロ 大和地所が依頼していた税理士事務所の事務員は、青山社長からの相生町の土地の購入目的についての説明に基づき、昭和六一年三月決算期末に同土地を棚卸資産として経理処理した。ところが、同事務員は、昭和六三年三月決算期末に、青山社長の指示により、何の理由もなく、相生町の土地を棚卸資産から固定資産に振り替えた。大和地所が、昭和六一年、六二年の各三月決算期末において、相生町の土地を棚卸資産として経理処理していたことに誤りはない。

ハ 大和地所は、伊藤萬及びそのグループから役員の派遣を受けており、大和地所にとって、伊藤萬等は重要な取引先であった。大和地所は、イトマングループからの借入金残高も常に一〇〇億円前後あり、本件交換(昭和六二年九月二六日実施)前後から、同グループからの借入残高が増加し続けていた。控訴人は伊藤萬の社長であり、大和地所にとって、事業活動を営む上で最も重要な人物の一人であって、控訴人と大和地所とは親密な関係にあった。

二  北税務署の調査担当者が、大和地所の契約書保管ロッカーから、苦楽園の土地建物の不動産鑑定書を入手した。その鑑定書(昭和六二年一〇月二〇日付)は、大和地所が本件交換直後に、株式会社大阪鑑定書に依頼して、苦楽園の土地建物の鑑定評価をさせたものである。その鑑定評価額は、昭和六二年一〇月一二日時点で、苦楽園の土地が一億〇一八〇万円、苦楽園の建物が二二〇〇万円であった。

(2) 資料

イ  大阪鑑定書が昭和六二年一〇月二〇日付で作成した苦楽園の土地建物の鑑定評価書(乙一二の1)。

ロ  大和地所とアーバンライフ販売株式会社とが昭和六一年四月二二日付で締結した相生町の土地の一般媒介契約書(乙九)。

(二) 西宮税務署の統括国税調査官である牛島幸司は、右北税務署からの連絡内容や送付資料を検討した結果、相生町の土地は大和地所の棚卸資産に該当し、所得税法五八条所定の固定資産の交換特例の適用が認められないとの結論に達した。

(三) そこで、さらに、牛島調査官は、苦楽園の土地建物、相生町の土地の交換当時の時価を検討し、苦楽園の土地建物の時価を一億二三八〇万円、相生町の土地の時価を四億六二五六万一五七九円と認定した。その交換差額は三億三八七六万一五七九円となる。

イトマングループは、本件交換前後に、大和地所に対する融資を急増させており、大和地所の所有物件に、過大と思われる担保を設定して、巨額な融資を行っていた。このようなことから、牛島調査官は、大和地所が控訴人に対し、右融資の見返りとして、本件交換により、本件交換差額三億三八七六万一五七九円の利益供与を行ったものと判断した。

そこで、牛島調査官は、小川統括調査官(西宮税務署の所得税担当者)とも相談して、本件交換差額三億三八七六万一五七九円の課税上の所得区分について検討した。その結果、控訴人が自己の職務に関連して取引先から利益供与を受けたものと判断し、本件交換差額金が雑所得に該当するとの結論に達した。

(四) これらの調査結果踏まえて、西宮税務署長は、平成三年二月一九日本件処分を行った。

2 検討

(一) 国税通則法二四条は、税務署長は、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正すると規定している。

この「調査」は、課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味し、課税庁が税務官署内において、既に収集した資料を検討して正当な課税標準を認定することも、「調査」に含まれる。

(二) 牛島調査官らは、平成二年一二月初旬以降に、先に小林調査官が収集していた資料、北税務署からの調査結果や資料等を総合検討する等の「調査」をした。その「調査」結果に基づき、西宮税務署長は、平成三年二月一九日に本件処分を行った。

したがって、本件処分も、国税通則法二四条所定の「調査」に基づき行われたものであり、何ら調査を行わなかったとする控訴人の主張2(一)は失当である。

二  本件処分後の調査実施(控訴人の主張2(二))の検討

課税庁が更正処分をした後、不服申立や訴訟の段階において、処分の正当性を主張・立証するために、証拠を収集することを否定することはできず、当然許されてよいことである。西宮税務署長ないしは被告と西宮税務署長の訴訟承継人)が、本件処分後に取得した証拠によって、その正当性を立証しても、調査により更正処分を行うものとした国税通則法二四条の規定に違反するものではないし、更正処分の法定期間を定めた同法七〇条所定の更正の期間制限を潜脱するものでもない。

控訴人の主張2(二)も理由がない。

第五本件差額認定の違法(控訴人の主張3)の検討

一  苦楽園の土地と相生町の土地との比較

証拠(甲三六〔一部〕、乙一、乙二の1、乙五、乙六の1ないし3、乙七の1、2、乙一〇の1ないし5、乙一二の1、乙四四ないし四六、控訴人本人〔一部〕)によると、次の事実が認められる。

1  苦楽園の土地の面積は二七〇・七八平方メートル、相生町の土地の面積は五五七・〇九平方メートルである。したがって、相生町の土地の面積は、苦楽園の土地の面積の二倍強である。

2  苦楽園の土地は、阪急電鉄甲陽線(夙川駅から北へ伸びる髭線)の苦楽園駅からバスで約一〇分、更にバス停から徒歩五分の高台にある。他方、相生町の土地は、阪急電鉄神戸線の夙川駅からごく近接した場所にある。交通の便から見ても、相生町の土地の方が苦楽園の土地よりも、一平方メートル当たりの単価がはるかに高いことが分かる。

3  現に、苦楽園の土地の近隣の標準地(西宮市苦楽園六番町八四番二外)の公示価格は、昭和六二年一月一日現在で一平方メートル当たり二五万七〇〇〇円である。これに対し、相生町の土地の近隣の標準地(西宮市雲井町一〇四番)の公示価格は、前同日現在で一平方メートル当たり三八万円である。

4  相生町の土地は、大和地所が菊島アサコから、昭和六〇年一〇月二八日付売買契約に基づき、二億四四六四万七四八〇円で購入している。他方、苦楽園の土地は、大和地所の依頼を受けた大阪鑑定所が、昭和六二年一〇月一二日時点で一億〇一八〇万円と鑑定評価している。昭和六〇年一〇月から昭和六二年一〇月までの二年間に、近畿圏では大幅に地価が上昇していることを考えると、相生町の土地の評価が苦楽園の土地の評価よりもはるかに高いことがよく理解できる。

5  伊藤萬は不動産業も営んでいた。控訴人は、その伊藤萬の社長であったから、不動産に関する一般的な知識も十分有していた筈である。したがって、控訴人は、本件交換をした昭和六二年九月二六日当時、相生町の土地の価額が苦楽園の土地の価額よりもはるかに高いことをよく承知していた。

二  本件差額金三億三八七六万一五七九円の検討

西宮税務署長は、本件交換(昭和六二年九月二六日実施)時点で、苦楽園の土地建物が一億〇一八〇万円、相生町の土地が四億六二五六万一五七九円と評価している。その評価が相当であることは、原判決(四二頁二行目から四七頁二行目)の引用により認定判断したとおりである。そして、大阪鑑定書の鑑定評価書(乙一二の1)によると、本件交換時点での苦楽園の建物は、二二〇〇万円と評価するのが相当である。

したがって、相生町の土地と苦楽園の土地建物との差額金(本件差額金)は、三億三八七六万一五七九円となる。控訴人は、原判決の本件差額金認定を避難するが(控訴人の主張3)、採用できない。

第六利益供与認定の違法(控訴人の主張4)の検討

一  控訴人は、本件交換当時、苦楽園の土地建物と相生町の土地とがほぼ等価であると認識していたと主張する。しかし、前示第五の一で認定したとおり、控訴人は、本件交換当時、相生町の土地の価額が苦楽園の土地の価額よりもはるかに高いことを十分承知していた。

二  そして、月の各事実に照せば、控訴人も、本件交換当時、本件交換取引が「経済的に合理的な取引」とは認識しておらず、大和地所から、円満な取引関係の維持ないしは融資の見返りに、本件差額金の利益供与を受けたものであると推認できる。

1  本件差額金が三億三八七六万一五七九円と巨額である。控訴人も、相生町の土地の価額が苦楽園の土地の価額よりもはるかに高いことを、十分承知していた。

2  大和地所は、伊藤萬及びそのグループから役員の派遣を受けており、大和地所にとって、伊藤萬及びそのグループは重要な取引先であった。大和地所のイトマングループからの借入金残高も、常に一〇〇億円前後あった。

3  本件交換前後に、イトマングループから大和地所への融資が急増している。同グループは、大和地所の所有物件に過大と思われる担保を設定して、大和地所に融資を行なっている。

4  控訴人は伊藤萬の社長であり、大和地所にとって、事業活動を営む上において最も重要な人物の一人であった。控訴人と大和地所とは親密な関係にあった。

三  控訴人の主張4も採用できない。

第七結論

一  以上によると、控訴人の昭和六二年分の申告納税額は二億一四二八万三八〇〇円であり、それと同旨の本件処分は適法である。したがって、本件処分のうち、控訴人が申告した所得金額二〇六九万五五七〇円を超える部分の取消を求める本訴請求は理由がない(なお、右申告所得金額部分の取消請求については控訴がない)。

二  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 紙浦健二)

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